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筑紫哲也の死去

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筑紫哲也氏が亡くなった。肺がんの闘病生活をしていたことはよく知られていたが、病状などについて詳らかではなかったから、少しびっくりした。肺がんはかつてはかなり死と直結する病気だったが、近年は治癒率も相当高くなっているのではないかと思う。私の周囲にも肺がんの手術後、元気にされている人がいる。私の驚きの背景には、そんなことも関係しているだろう。

何かの授賞式のパーティーで遠くから見たことがあるだけで、筑紫氏とは残念ながら、何の接点もなかった。パーティーの席での話は筑紫氏がもう相当の年輩のときだったが、遠めにもなかなかダンディーな人に見えた。

筑紫氏の訃報は出身母体の「朝日」をはじめ、私の予想以上に大きな扱いだった。田原総一郎氏が「一つの時代が終わった」とずいぶん大仰なことを言っていた。しかし、よく考えてみると、たしかにそういうところがないわけでもないような気がしている。もっとも、「一つの時代が終わった」という意味は、田原氏と私では相当の開きがあるだろうが……。

死者に鞭打つ気はないし、それなりの仕事をした人だとは思うけれど、「これ」というジャーナリストとしての業績を知らない。『朝日ジャーナル』編集長時代の「若者の神々」は、当時のニューアカ的雰囲気に便乗しただけの、何の批評性も感じないものだったし、テレビのキャスターとしてもピントはずれの「他事争論」が多かったように思う。

結局、筑紫哲也という人は、「朝日」的進歩主義を身にまとまったダンディーなテレビ人だったというところか。「朝日」的進歩主義(憲法9条を掲げる「一国平和主義」とでもいえばいいか)が黄昏てしまって久しい。筑紫氏の退場は、その意味では「一つの時代が終わった」ことの再確認ということになるかもしれない。
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2008年11月17日 感想/その他 トラックバック:0 コメント:0












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