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文京沫『済州島四・三事件』(平凡社)

三省堂書店のウェブページの「神保町の匠」というコーナーに参加してときどき書評を書くことになった。せっかくなので、このブログにも載せていくことにする。今回は急遽書いた標記の本。まだ、「神保町の匠」の方には載っていない。




韓国・済州島(チェジュド)は、国際的な観光地である。日本からの旅行客も多い。だが、豊かな自然に恵まれた島で半世紀前に起きた悲劇を知る人はあまりいないだろう。

日本の植民地支配を脱したものの、まだ米軍政下にあった朝鮮半島南部では、1948年5月10日、大韓民国建国のための選挙が予定されていた。南北分断につながるこの選挙に反対して、4月3日、済州島の南朝鮮労働党員約300人が武装蜂起した。この事件がやがて3万人近くの島民(当時の済州島の人口は約22万人)の命を奪う「四・三事件」のきっかけだった。事件は「反共」を国是とする国で長く公に語られることがなかった。島民たちも「恥ずべき歴史」として封印してきた。

小さな武装蜂起が、なぜ凄惨な殺戮劇にエスカレートしてしまったのか。著者は、《四・三の武装蜂起は、陸地(朝鮮半島)からやって来た軍政警察や右翼の横暴に対する自衛的かつ限定的な反攻という側面と、単独選挙阻止に見られる民族統一運動という、二つの側面を持っていた》が、《これまでの実証研究をふまえて言えば、四月三日の武装蜂起そのものは、前者の側面が強かったというほかない》と指摘する。確かにいったんは「和平」に向かう局面もあった。だが、武装蜂起は現地の常任委員会が決めたものとはいえ、南朝鮮労働党の革命戦略が背後にあったこともまた明らかだろう。

済州島は長く自治的な共同体としての歴史を培ってきた。「四・三事件」の悲劇は、その「個別的にして独自な歴史を持つ社会」が、「普遍的にして包括的な歴史の一局面」に無防備のまま出会ってしまったところに生じたものといえるだろう。後者はいうまでもなく、第2次大戦後の世界を規定した「冷戦」である。

本書は、近年の「真相解明」の成果を十二分に生かし、かつイデオロギー的に裁断することなく、「四・三事件」の全容と事件をめぐる島の歴史を明らかにしている。しかし、読後、私の中には先にふれた「なぜ」が解かれないままに残った。

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2008年08月02日 感想/その他 トラックバック:0 コメント:0












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