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名張毒ぶどう酒事件

 名張毒ぶどう酒事件は1961年3月28日に起きた出来事だから、私は中学生2年生だったことになる。細部はもちろん覚えていないが、事件の記憶はある。
 死刑が確定していた奥西勝さんの再審請求を、名古屋高裁が認める決定をした。最高裁で上告が棄却されたのが1972年6月だから実に33年ぶりということになる。
 各新聞の社説は直ちに再審を始めることを求めている。例えば、朝日は「検察は今回の決定に異議を申し立てることができるが、これ以上時間を費やすことはやめて、直ちに再審を始めることに同意するべきだ」と書いている。
 そのことは、ここでは論じない。私としては、この事件を新聞はどのように報道してきたのか、ということが気になった。少し調べてみた。
 事件は名張市の中心部からかなり離れた集落の公民会で開かれた生活改善クラブ「三奈の会」の会合で起きた。ぶどう酒を飲んだ女性5人が死んだ。奥西さんは「三奈の会」も元会長で、事件間もなく重要参考人として事情聴取を受け、当初は「死んだ自分の妻が毒を入れた」と供述していたが、後に犯行を自供したとして逮捕された。1961年4月3日の朝日朝刊は一面中央に5段見出しで「奥西元会長が犯行を自供/ブドウ酒殺人事件、解決」という記事を載せている。社会面トップのその受けの記事は「奥西の単独犯行/ブドウ酒事件」の横見出しで、見出しは「妻・愛人の毒殺図る/三角関係に悩んで」とある。こちらは名張署の捜査本部や記者会見のもようの雑感なのだが、そのすぐ下に「美男、複雑な女性関係/二重人格の男―奥西勝」という三段見出しの記事がある。「無口でまじめそうにみえるが、半面ふしだらな女性関係をもっている二重人格の男だった」という表現が記事の内容を要約している。
 もう一つ、4月4日の第二社会面の記事を紹介しておこう。「“閉ざされた社会”の悲劇」という凸版見出しを張って「感情に逃げ場がない/“血と土”にしばられて」という見出しがついている。つまり、事件の背景をさぐったサイド記事なのだが、きだみのる、大浜英子といった「知識人」が見出しにあるように、「遅れた山村」の悲劇として、それぞれにこの事件を語っているのである。
 「後出しジャンケン」のようにして、これらの記事を批判するつもりはない。「犯罪報道」は、どうしたらいいのか。答えは簡単ではない。
 
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2005年04月25日 感想/新聞編 トラックバック:2 コメント:0












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冤罪の後始末・5人が毒殺されたという事実の重み

毎日MSNニュースによると 「名張再審決定:死刑確定から33年「ついに勝ち取った

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