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中国の反日デモ

 中国で大規模な反日デモが起き、大使館に投石などがあった。日本料理店なども攻撃の対象になった。
 こういうニュースに接した、ふつうの日本人の感覚はどういうものだろうか。中国人の反日行動に理解を示す人々がいないわけではないだろう。「中国けしからん」と憤激する人もかなりいるだろう。だが、ほとんどの人は、いってみると、漠然とした「いやーな気持ち」になるのではないか。
 歴史教科書の問題やら国連常任理事国入りの話について、日本に対して反発や不快感を持つ人々が中国にいるのは分かる。しかし、歴史教科書の問題は国定教科書ではなく検定というかたちで教科書が提供されている日本では、中国とは違うレベルの言論の自由があるということである。常任理事国の問題にしても日本が今まではとは違うレベルでに国際平和に貢献しようという話である。
 いずれにせよ、こうしたことは日本がかつての軍国主義に戻る徴候でもなければ、ましてや日本がふたたび中国を侵略するといったことは世界がひっくり返ってもありえないことだ。
 ということを考えると、私は素朴に彼らは何を求めているのだろうと思わざるをえない。
 日本の首相が南京大虐殺記念館(そんな名前かな?)に行って、ひれ伏してお詫びすればいいのかしら。私は、日本がまちがいなくかつて中国を侵略したと考えているし、南京の犠牲者は30万人という中国側の主張は到底信じられないにせよ、日本が中国各地で無辜の民衆を数多く死に至らしめたことは間違いないとも思っている。だが、東京裁判(問題は大いにあるとしても)をはじめとした場で、それらは裁かれているし、公式に何度も謝罪を表明している。
 「もういいかげんにせえ」というのが、ふつうの日本人の感覚ではないか。
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2005年04月10日 感想/その他 トラックバック:0 コメント:3

はじめまして。反日デモの過激化には憂慮しています。とはいえ、「中国人の反日行動」と解釈すると、「中国人てコワーイ」ということになりますが、日本では若者が成人式に酔って暴れるんですから、同じ年代の若者だと思えば実にありうる話だろうと想像できます。どちらにしても、あんまり過激にならないでほしいし、無関係の留学生を殴るなんてことは絶対やめてほしいですよね。

ところで私は、去年の8月15日は中国にいてあるドミトリーに止まっていました。そこで知り合った「日本の漫画が大好き」な大学生といろいろ話をしましたが、「日本の漫画が好き」で日本にあこがれていても、やっぱり日本の戦争に対する曖昧な態度には大変不満なようでした。私も、日本は戦前のような軍国主義に戻ることはあり得ない、ということを、言ってきかせました。

中国からの留学生が口々に言うのは「日本って民主主義の国だと思ってたけど・・・・」ということなんですよね。(これはTAEという団体がアンケートにも取りました。)

外国人の目というのは、見えないものを照らし出してくれるので、あんまり侮れないですよ。

少なくとも、「日本は軍国主義になるかも」というのは単なる思いこみだけではなく、アジア諸国の経験に根付いた恐怖感であり、また、実際に昨今の動きが「外からはそう見えている」ということを、肝に銘じておいて、内にも外にも、「日本は民主と平和の国です」と自信を持って云える国を作って行かないといけないんじゃないかと思いますよ。

2005年04月11日 とおりすがり URL 編集

 ≪「日本は軍国主義になるかも」というのは単なる思いこみだけではなく、アジア諸国の経験に根付いた恐怖感≫
 ほんとかしら。「経験」という意味では、アジア諸国にも戦後生まれの新しい世代が育っているわけですしね。

2005年04月16日 元デモシカ?記者 URL 編集

すみません。「軍国主義になるというのが経験に基づいた恐怖」というのはあまり適切な言葉ではなかったですね。

もちろん「日中戦争」の直接体験の世代はもう60歳以上ですから。どちらかというと、具体的な「日中戦争」ということではなくて「侵略」の記憶という意味で書きました。私は中国で本当に「戦争」の影から解放された世代は、90年代以後の生まれだと思っています。分かりにくい話になるかもしれませんが、天安門事件までは広い意味での、アヘン戦争・日清戦争・日中戦争・国共内戦・文化大革命へと続く歴史の中、「侵略という恐怖」を中国は引きずってきました。その辺の記憶の連鎖というものは、ベトナムもそうでしょうし、韓半島などは現在進行形でしょう。

そんなことは、日本のせいではないと言うかもしれませんが、あくまで<b>責任論は別として</b>、とりあえずそういう風に見えているんだな、と理解はしておきたい、という意味です。

ちょっと前にもどりますが、

> ということを考えると、私は素朴に彼らは何を求めているのだろうと思わざるをえない。

彼らが何か具体的なものを求めているのか、というとそうではないと思います。ある意味、言葉の通じない者同士が、どうして分かってくれないんだよ、と地団太踏んでいるような状態に日中関係は今あるのかなと思います。

私は長春に留学中、何人かの若者に詰問されました「南京大虐殺をどう思っているのか」と。しかも、感情的になって反論してこじれ、隣で見てたお婆さんが「まあまあ、この子の親だって生れてない頃の話なんだよ」となだめてくれたという失敗談つきです。「南京大虐殺は」「侵略戦争は」というのは踏絵のようなものだと今は割り切っています。
 大事なのは、相手が感情的になっているときに、こちらまで感情的になるのではなく、ちゃんと言葉は聞こえているよ、という姿勢を示すことではないでしょうか。そうして相手が落ち着いてきたらやっとちゃんと話ができるわけで。その辺が戦後ずっとすれ違ってきたというか、逆に今弱気に出ると相手が図に乗るというような姿勢で、どんどん対話から遠ざかっているように思えるのです。

2005年04月16日 とおりすがり URL 編集












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