スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--年--月--日 スポンサー広告 トラックバック:- コメント:-

毎日新聞の社説「サマワと日本」

 今朝の毎日新聞の社説は「サマワと日本」と題した「大社説」である(社説欄はどこの新聞もそうだが、いつもは2本載っているが、「ここぞ」というときに、1本だけになる。それが「大社説」)。毎日はこのところ「視点」という署名のある社説欄で「サマワと日本」という連載(?)を続けてきた。14人の論説委員が書いたそうだ。今回の「大社説」はそれを締めくくる「社論」ということになろうか。
 苦労しているのは分かるが、一言で言うと、無残である。そもそも書き出しが「サマワにいる自衛隊の滞在は延長せざるを得ない状況だ」とある。「延長せざるを得ない状況」というのは、まことに奇妙な表現である。毎日新聞として「滞在延長」を主張しているわけではないらしい。つまり「状況」がそうだ、というわけだ。「状況追随」ということか。ところが、こんなふうにも書いてある。
 《延長反対が多いの自然のことだ。今では平和願望は日本の国民性にまでなっている。人々に伝わってくるイラク情勢は危険が増したようにしか見えない。自衛隊にそろそろ戻ってきてほしいと願うのは当然のことだ。
 もし国民の願望をかなえるのが政府だとすれば、撤退を考えるのが正当な政府だ。
 その願望に反する結論を出すからには国民をもっと長時間にわたって説得し、延長論を多数派にしていく努力をするのが民主主義というものではないか》
 なんだかずいぶん乱暴な言い方である一方、あいまいでもある。「国民の願望」はともかくとして、毎日新聞としてどう考えているのかが知りたい。
 いろいろ書いた後、結論部分の書き出しがまた奇妙である。
 《こうした政府の国民への説得なき決定を含めた現状を踏まえれば、これからは自衛隊の引き際がもっとも大事なことだろう》というのである。「引き際」とはつまりは「撤退時期」ということになろうが、それが「もっとも大事なこと」なのは当たり前ではないか。
 続いて《政治的決断なしには撤退はなし得ない。ということは政府は撤退の時を演出する義務がある》とある。前半は、ばかばかしく当たり前。だから「ということは」以下がまったく意味不明である。しかもここで、筆者は「演出」という言葉をどういう意味で使っているのだろうか。ちなみに、「引き際の演出が政府の仕事だ」というのが、この社説の大きな見出しである。
 オランダ軍撤退後の対処について《例えば……アジアの友好国に守ってもらうよう依頼してみるのも自衛隊の存在意義をアジアでアピールする好機となるかもしれない》という「提案」にもびっくりした。ここで「アジアの友好国」とは韓国を指しているのだろうか。いずれにしろ、「自衛隊の存在意義をアジアでアピールする好機」とはとても思えない。
 最後の部分。《状況次第でいつでも撤退できる心構えがモノをいう。国内での撤退願望が強力であり続けることが、こうしたサマワの自衛隊の存在を多方面でフルに生かす上でも大事なことだ》
 毎日新聞に言われなくても(この社説が認めているように)「国内での撤退願望は強力であり続ける」だろう。ふたたび言えば、毎日新聞はどう考えているのか。
 朝日新聞のようにシンプルに「撤退せよ」というのは現実的ではないと考えているのは、よく分かる。だが、それならば、いま撤退することのメリットとデメリットをていねいに論じ、読者に判断の材料を与えるべきではないか。一方で「国民の願望」をあげ、もう一方に「小泉内閣の説明不足」をあげる。で「引き際の演出」が大事なのだという。この社説を読んだ読者は頭が混乱するだけだろう。

スポンサーサイト

2004年12月06日 感想/新聞編 トラックバック:0 コメント:1

毎日新聞にはもう少し頑張ってほしいと思うです。

2004年12月06日 匿名 URL 編集












管理者にだけ公開する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。