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駆け出しのころ⑨

 ふつうの人がふつうの日々を送っていれば、まず新聞に登場することはない。その新聞に毎日、記事を書くのだから、いくらひよっことはいえ新聞記者となれば、つまり「非日常」の出来事に日々接することになる。例えば、こんなふうに。
 ある日、県警の記者クラブのソファで眠っている。鹿児島市消防本部とつながっているスピーカーから「救急車出動指令!」が流れる。早速、電話で消防本部に電話する。たいていは「急病人」だったりして、何ということはないのだが、何かの「事故」だったりすると、取材が始まる。そして、しばしば、われわれも「出動」ということになる。事件にしても事故にしても、たいていの場合、この「救急車出動指令!」が一番早い。
 私を含めて新聞記者のひよっこたちが何人もいたから、みんな「非日常」に接することがまだまだ新鮮だったということもあるのだろうが、「現場」に行くことが多かった。その結果、毎日のように「死体」を見るのだった。ある日は、交通事故の死者。次の日は、飛び降り自殺者。また次の日は焼死体といったぐあいである。たまたま殺人事件の現場に警察官より先に着いてしまって、血まみれの死体に出くわしたことも一度だけあった。
 とはいえ、それほど重大な事件を取材した経験はない。駆け出しのころの取材で記憶に残っているのは、災害である。鹿児島は台風がよく来る。シラス台地が広がっていた。シラスというのは桜島の火山灰に由来する土質で、雨にもろい。
 今回少し調べてみたら、私が鹿児島に赴任した翌年の1971年7月と8月に大雨被害が起きている。とりわけ台風19号による8月の大雨は鹿児島県内で47人の死者を出した。こんなときは、道路も寸断されてしまうので、なかなか現場には行けない。しかも県内のそこいら中で「裏山が崩れて○人が生き埋めになった」という出来事が起こる。県警本部にいて、各地から入ってくるこの手の情報で記事を次々に書くのが精一杯である。
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2005年02月10日 デモシカ記 トラックバック:0 コメント:0












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