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駆け出しのころ⑧

 鹿児島支局には結局4年間いた。2年経ったとき、例の支局長が東京本社に転勤した。支局には社有車が一台あって、ドライバーがいた。この人は当時もう60歳を過ぎていた「戦前派」である。「支局長の転勤が決まったときは二度目の終戦を迎えたような気持ちだった」と、この人が後で語っていた。私はむろん「一度目の終戦」も知らないわけだが、気持ちはよく分かった。ドライバーは正式社員ではなかったし、ずいぶんとつらい思いをしたのだろう。いじめられていたデスクも一緒に転勤した。
 後任の支局長と次長はともに西部本社採用の人で、二人ともきわめて「まともな人」だった。支局内の雰囲気はいっぺんに変わった。以前は支局で酒を呑むなどまったく考えられなかったが、今度は支局員がみんなで月に一度は鍋パーティーだった。当然、焼酎もビールも登場である。
 私の鹿児島4年間は、大げさではなく「天国と地獄」を両方とも味わった気がする。もっとも、最初の支局長に対しても「恨み」のようなものはない。もちろん、当時はずいぶんと悩まされたが、考えてみると、この人との出会いで、私は人間として相当にタフになった気がする。
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2005年02月05日 デモシカ記 トラックバック:0 コメント:0












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