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「網野史学」

 『季刊東北学』第一号が「<国史>を越えて 網野善彦追悼」を特集している。「編集部から、この私に網野善彦について書くように言われたとき、正直、私は当惑した」と書いている色川大吉氏の「網野善彦と『網野史学』」がおもしろかった。少しずれてはいるが共に東京大学国史学科に学んだ。だが、専門領域は網野は中世史、色川は近代史である。網野氏が「一知半解のマルクスス主義者で、図式的な唯物史観をふりまわしていたアジテーターの一人」に過ぎなかった二人の若き日の出会いから、かなりの年月の空白の後、晩年、ある出版企画の編集委員としての交流まで、網野氏との個人的なかかわりを含めて、色川氏は厳しく網野氏を批判している。むろん「彼が実証的な歴史学者でありながら一個の見識を打ち立てた歴史家であり、その上、すぐれた啓蒙家」であったことを認めた上でのことではあるが。
 色川氏は網野氏の視野を大きく広げることになったシリーズ『日本民俗文化大系』『海と列島文化』に関わって、「元小学館編集部の山崎晶春編集長の功績」に言及していることにもふれておこう。私も新聞記者時代、この山崎さんと少し交流があった。どっちの企画だったか、忘れたが、完結記念の集まりがあって、網野さんも含めて2次会に神保町の「サーカス」に流れたのを懐かしく思い出す。
 『季刊東北学』の特集で色川氏を含めて多くの論者や指摘している「網野史学」の問題点はほぼその通りだと思う。網野氏がいかに「非農業民」の重要性を語り、「百姓は農民ではない」と言おうと、この列島社会は長く、農業が中心になって営まれていたことはまちがいない。
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2004年12月04日 感想/その他 トラックバック:0 コメント:1

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2004年12月04日 編集












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