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駆け出しのころ⑥

 仕事を覚えるのはそれほど大変ではなかったのだが、支局の勤務環境は相当にひどかった。これにはまいった。理由ははっきりしていた。支局長が、何というか、「圧政」をひいていたのである。支局員は前に書いたように私を含めて4人。そのほかに支局長に下に次長がいる。この次長が新聞社でいう「デスク」で、日々の紙面作りを実際に指揮する。
 この次長は支局長と違って、西部本社で採用され、西部本社しか勤務したことがない人だった。その人が支局長にいじめまくられていたのである。まあ、新人記者の目から見ても仕事がバリバリできるという人ではなかったが、それでもひどいいじめようだった。夕方、3階の支局長住宅から降りてきて、それまで本社に送稿した原稿を点検する。それから延々と次長のつるし上げである。原稿の直し方から記事の価値判断に至るまで、ともかくひどい言葉を投げつけて非難する。
 支局長の「いじめ」の対象は次長だけではなかった。新人記者の私もたびたびその標的になった。支局長は東京本社社会部にいたせいか、異常に「特だね」を意識する人だった。地元新聞に出た小さな記事でも「抜かれた」となると、もう大変だ。県警記者クラブに電話がかかってきて「ちょっと支局に上がってこい」である。それから延々と怒られる。
 支局内ではいつ支局長の雷が落ちるかと、いつもピリピリしていた。支局のデスクは本来頼りになる「教師」である。その「教師」が散々の状態だったうえに支局内がこんなふうだったのだから、いま思えば、勤務環境は新人記者にとって最悪といってよかっただろう。
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2004年12月29日 デモシカ記 トラックバック:0 コメント:0












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