スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--年--月--日 スポンサー広告 トラックバック:- コメント:-

住基ネット金沢地裁判決批判

 佐藤優『国家の罠――外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)は近来になく面白い本だった。ここでは書評めいたことは書かないが、佐藤を調べる東京地検特捜部の西村検事が、こんなことを言っている。
 ≪裁判所は結構世論に敏感なんだ≫
 秘書給与流用で詐欺罪に問われた民主党の山本譲司元衆議院議員が、検察庁も予想していなかった実刑判決を受けたことについて語られたセリフである。まあ、そういうことはあるだろう。裁判官も人間だから。金沢地裁の井沢謙一裁判長もそういう意味でまことに人間的なのかもしれない。
 30日、井沢裁判長が出した住民基本台帳をめぐる判決は、現代社会で「錦の御旗」状態の個人情報保護にどっぷりと浸かった判決に思える。
 本人の同意なく住基ネットに組み込むのは憲法13条が規定するプライバシー保護の保障に反するというのである。現行の住基ネットに大したメリットがないのはその通りで、比較衡量論的にいえば、強制加入は必要性はないということになろう。だが、住民と行政を敵対的にとらえる「思想」は困ったものだ。
 新聞に出ている「判決要旨」には、次のようにある。
 ≪行政機関は、住民について膨大な情報を持つ。これらの情報に住民票コードが付され、データマッチングがなされ、住民票コードをマスターキーとして名寄せがなされると、住民個々人の多面的な情報が瞬時に集められ、個々人が行政機関の前に丸裸にされる状態になる。
 これを国民総背番号制と呼ぶかどうかはともかくそのような事態が生じる具体的な危険があると認識すれば、住民一人ひとりに萎縮効果が働き、個々の人格的自律が脅かされる結果になることは容易に推測できる。原告らが具体的危険があると認識していることについては相当な根拠がある≫
 これは「市民運動」の言葉そのものである。そもそも行政には「住民個々の多面的情報」を有効に取得し、それを効率的な行政に反映させる責務があるのではないか。むろん行政はしばしば「悪いこと」をする。行政が取得した個人情報を適正に管理することも重要なことだ。だが、個々の事例から「行政は悪いことをする組織である」と決めてしまっては、民主的な政治など行えないではないか。
 むろん、脱税しているような輩は行政に「裸」にされると困るだろうが。
スポンサーサイト

2005年05月30日 感想/その他 トラックバック:2 コメント:0

朝日新聞はどうした!

 『文藝春秋』6月号が「朝日新聞『箱島独裁』の内幕」という記事を載せている。「長島治一郎&本誌取材班」とあるから相当に取材を重ねて出したものかと思ったら、中身は大したことがなくてがっかりした。要するに、箱島体制になって企業偏重の紙面とリストラ、経費節減で経営状況はよくなったが、ジャーナリズムとしては問題が多いということ。別にびっくりしない。
 朝日新聞に関して、とりわけジャーナリズムというテーマであれば、いま追及すべきはNHKと対立したままになっている、例の「女性国際戦犯法廷」をめぐる番組の「政治介入」報道であろう。経過はくわしくおさらいはしないが、この間、朝日はNHKに対して「通告書」、NHKは朝日に対して「公開質問状」「催告状」を出している。最新の(といってもだいぶたってしまったが)やりとりは4月20日にNHKが朝日に対して出した「催告状」である。
 一方、朝日は1月21日に「通告書」を出して、「誠意ある回答が得られない場合、法的措置も辞さない」とこぶしを振り上げたが、その後は音なしの構え。それとも「通告書」に対するNHKの回答に満足したのだろうか。そんなはずはないだろう。なぜなら、その回答は「(NHKの)公開質問状は、貴社(朝日)自身が、貴社の記事がきちんとした取材に基づくものであると認識しているのかを再度問うものです。この公開質問状に対しては、本日に至るも、貴社からは何ら正式な回答をいただいておりません。引き続き誠意ある回答を求めます」といったものなのだから。
 NHKのホームページを開くと、フロントに「朝日新聞報道問題」というのがあって、そこをクリックすると過去にNHKが朝日に対して出した文書の内容が一覧できる。朝日のホームページにはいくら探してもその種のものは見つからない。どこかにあるのかもしれないが、少なくともトップページから容易にアクセスできるようにはなっていない。
 朝日はこの問題をうやむやにしてしまいたいのだろうか。

2005年05月17日 感想/その他 トラックバック:0 コメント:0

憲法記念日社説を読む

 憲法記念日には各新聞とも「大社説」(ふつう社説欄は2本だが、この場合、1本になる)を載せる。「憲法」という国の基本的な体制について社としての立場を明確にする意味がある。
 ところで、今年はどうか。『朝日』の「志」の低さに大方の「朝日ファン」もがっかりしたのではないか。
 特に引用はしないが、要するに「改憲ムード」に流されてはいけないという「ムード話」が全体の3分の2。残りは「平和ブランド(つまり、憲法9条)」を大切にしましょう、ということを言って、最後は「単なる世直しムードを超えて、改憲することの利害得失を大きな視野で見極めることである」でチョン。つまり、結局何も言っていないのだ。最後の一言は当たり前。これが最初にあって、社説の展開がなければならない。
 私は別に「朝日ファン」でも何でもないけれど、『朝日』が日本のリーディング・ペーパーであることはたしかだと思う。もう少しがんばってもらわないと。

2005年05月09日 感想/新聞編 トラックバック:1 コメント:0

JR西日本バッシングの不毛

 尼崎線の事故をめぐって、JR西日本がいろいろたたかれている。経営体質に問題があったのは明らかだが、プライベートなゴルフまで「けしからん」と言い出しているのは困ったことだ。そんなことを考えていたら、けさの毎日新聞のコラム「発言席」に山田孝男氏がいいことを書いていた。

尻馬に乗るな 山田孝男
 仮に私がJR西日本の社員だったとして、事故を知りつつボウリング大会に行くことはなかったと思う。その程度の分別はある。しかし、事故列車の後部に乗り合わせていたとして、最前線へ突進し、的確な救助活動ができたかといえば自信がない。JR西日本のたるみを疑う余地はないが、津波のようなJRたたきをいぶかり、「汝(なんじ)らのうち罪なき者、石を擲(なげう)て」という新約聖書の一節を思う人もいるだろう。
 たまたま見たテレビのニュースショーで、キャスターが「JR西がお見舞いに紅白の祝儀袋を使ったそうです」と声を潜め、居並ぶコメンテーターが口々に非常識をとがめたところ、視聴者から「お見舞いに紅白の結び切りはおかしくない」という電話が入り、キャスターがフォローに苦労していたのは何とも気の毒だった。
 報道陣の監視の下でJR社長が土下座し、不祥事が暴かれ、幹部が謝罪を繰り返す。遺族の悲嘆を軽く見るつもりはないが、「劇場化」する事故報道の中で感情を押し殺し、サンドバッグ状態に耐えるJR幹部の映像を見て「これがウチの会社だったら……」と身震いした管理職も多いのではないか。
 国鉄改革とは一体何だったのかと思わせるJR西日本の退廃を厳しく問うのは当然だ。しかし、糾弾調も過ぎればJRを萎縮(いしゅく)させ、例の「日勤教育」同様、効果が疑わしい、とならないか。全国でレールの置き石が相次いでいるという無責任で浮ついた世相だ。JR西日本の運転士をけったり、駅員をなぐった者もいるという。尻馬に乗るなと言いたい。(編集局)


ほぼ同感。

2005年05月09日 感想/その他 トラックバック:4 コメント:0

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。