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「個人情報」、それがどうした

 個人情報保護法が施行される。新聞などには、個人情報を扱う企業や病院などがあたふたしている様子が記事に出ている。
 個人情報はむろん保護されなければならない。だが、ここではあえて別のことを記しておきたい。個人情報と一口にいってもいろいろある。私などは姓名・住所・電話番号・メールアドレス程度の個人情報はすでにいろいろなところで自ら記した記憶があるので、この程度はもうとっくに「漏洩」していると観念している。だから、今でもちょくちょく「節税対策でワンルームマンションを持ちませんか」といった勧誘の電話がかかってくる。一度取引したことがある古書店などから毎日のようにメールが来る。まあ、面倒くさいとは思うけれど、別に困ったことにはならない。
 むろん、私のこの程度の「個人情報」はおくとして、だれにも他人に知られたくない「プライバシー」はあるだろうと思う。だから、繰り返して言えば、「個人情報」は保護されなければならない。だが、「個人情報」が本人の意思と無関係に世の中に流れるのを防ぐ手立てを講じる一方で、「個人情報」が悪用されない社会を作る必要があるのではないか。いや、そのために今度の法律ができた、という人があるだろうが、私の言いたいのは少し別のことだ。
 「個人情報」を知ろうが知るまいが、そんなことに関係ない人と人のつながりが持てる社会、それを営むことができる人間を育てることが大切ではないか。
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2005年03月31日 感想/その他 トラックバック:0 コメント:0

合併市名の地名学的?考察

 4月から新しく市町村合併で多くの新しい地方自治体が誕生する。けさの朝日新聞が、すでに発足した自治体を含めて全国のリストを載せている。合併をめぐる種々の問題はここでは置くとして、このリストを見ていて新しい市の名前について、少し「地名学」的に考えた。パターンとしては次の3通りある。
①中核的な市が周辺の町村を「併合」するケースで、その中核的市の名前を受け継ぐもの
②ケースはほぼ同じだが、新しい市名にするもの。
③いくつかの市町村が「併合」ではないかたちで合併して、新しい市名にするもの。
 ①の場合は、消えてしまう旧町村がたくさんあるわけだが、それらは恐らくは新しい○○市の下位地名として残るのだろう。いや、残すべきである。
 ②は比較的少ない。長野県・千曲市(更埴市、上山田町、東部町)▽鹿児島県・薩摩川内市(川内市ほか)▽高知県・四万十市(中村市、西土佐村)▽山口県・山陽小野田市(小野田市、山陽町)▽秋田県・由利本荘市(本荘市ほか)といったところか。
 「地名学」的にみて断然、興味深いのは③のケースであり、問題も多い気がする。岐阜県・郡上市(八幡町ほか)のように郡名を引き継いだものや、島根県・隠岐の島市(西郷町ほか)ように地域名として確立しているものは抵抗がない。山梨県・笛吹市(石和町ほか)▽徳島県・吉野川市(鴨島町ほか)のように「流域」という共通性に着目したと思われるネーミングも、実態はよく知らないが、何となく納得できる。
 「これは何だ!」と思うのは、すでにかなり話題になった山梨県・南アルプス市など、何やら目新しい名前をひねり出した市である。静岡県・伊豆の国市▽同・伊豆市▽茨城県・坂東市▽栃木県・さくら市▽香川県・さぬき市▽同・東かがわ市▽愛媛県・四国中央市▽兵庫県・南あわじ市などがある。
 静岡県には「伊豆の国市」と「伊豆市」があるのもびっくりするし、「四国中央市」とはなんだか夜郎自大的だ。淡路島には「南あわじ市」と「淡路市」が出来るのも、何だかまぎらわしい。しかし、一番問題なのは「ひらがな地名」の氾濫ではないだろうか。
 すでに挙げたほかに、佐賀県・みやき町▽熊本県・あさぎり町▽鹿児島県・さつま町▽沖縄県・うるま市▽石川県・かほく市▽和歌山県・みなべ町▽三重県・いなべ市▽茨城県・かすみがうら市▽青森県・つがる市▽福井県・あわら市といった具合である。
これまでは、埼玉県・さいたま市▽茨城県・つくば市▽青森県・むつ市ぐらいだったから、急増といっていい。
 どうしてこんなことになったのだろうか。何か、「新しさ」が感じられるということか。いずれのケースでも、私にはあえてひらがなにする理由が分からない。薩摩、員弁、津軽……みんな漢字でいいではないか。表意文字としての漢字が使われた地名には当然、「意味」が込められている。「ひらがな地名」の氾濫を漢字文化の衰退と糾弾するつもりはないが、そこになにか今の時代のお手軽さを感じてしまう。

2005年03月29日 感想/その他 トラックバック:0 コメント:0

どうなったの? 朝日vsNHK

 ご無沙汰です。といっても、別に関係ないか? ともかくイギリスに3週間ほど出かけていたので、ご無沙汰ではあった。
 さて、新聞は読めなかったけれど、ときどき、インターネットのニュースを検索してみていたからそれなりに分かっていたことだけれど、帰国して、あの「朝日VSNHK」問題がまったくうやむやになりつつあるのには改めてびっくりした。けさの新聞は、ライブドアとニッポン放送(およびフジテレビ)の問題で、ニッポン放送の新株予約権発行に対するライブドア側の差し止め請求が東京高裁でも認められたというニュースを大展開している。
 まあ、NEWSがその言葉通り「新しいこと」を日々追いかけるのは仕方がないが、今日とりわけ活字ジャーナリズムに求められているのは持続性である。重要な問題について、新しい出来事がなくとも、あるいは新しい動きがないからこそ、持続的に問題をフォローし、ことの重要性を明らかにしていくべきなのではないか。
 朝日は「法的な手段も辞さない」とこぶしを挙げていたのではなかったか。NHKにしても「朝日新聞の虚報」と息巻いていたのではなかった。朝日とNHKの主張は対立したままだ。両者の対立は少なくとも表面的には全面的に対立したままだ。それとも、どこか裏で「手打ち」があったのか。新聞は「忘れっぽく」なってはいけない。

2005年03月24日 感想/その他 トラックバック:0 コメント:1

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