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「おくりびと」

おくりびと
各種映画賞で昨年の日本映画「ベストワン」となった作品。アカデミー賞外国語映画部門にもノミネートされているということもあって、観に行った。

遺体を棺に納める仕事をする納棺師を描いた映画。楽団が解散となって失業した若いチェロ奏者がふるさとの山形に帰って、たまたま就いた仕事が納棺師だった。「死穢」という言葉がある。納棺の仕事は遺体に直接ふれる。その結果、納棺の仕事をする人に向けられる世間の目は、ある種の偏見に満ちている。この映画でも主人公は、納棺師をしていると知った友人に「もっとまともな仕事をしろ」とののしられる場面がある。主人公の妻も一度は、実家に帰ってしまう。

だが、映画の基調は、そうした偏見の糾弾にはない。だれでもが「死」を迎える。その意味で、「死」は普遍的である。だが、一つ一つの「死」はそれぞれにかけがえのない「生」を送った後に訪れる。「死」を送る側にとっても、それはかけがえのない経験である。映画は、納棺師を、そうした「死」に立ち会う存在として描き出している。

いい映画であった。だが、当たり前だが、いくつもの死が登場する、重苦しい作品でもあった。
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2009年02月06日 感想/映画編 トラックバック:0 コメント:0

これが「現実」なのか……


「闇の子供たち」(阪本順治監督)はどっしり重い映画だった。梁石日(ヤン・ソギル)の原作は読んでいないが、これはやはり現代世界の「現実」の一面なのだろうか。

タイにおける人身売買が描かれる。売れられるのは、貧しい農村の子供たちである。牢獄のような場所に押し込められ、売春をさせられる少女や少年。エイズとなり「仕事」ができなくなったある少女はゴミ袋に入れられて捨てられる。やはり売られたその少女の妹は、生きながら日本人の子供の心臓移植の対象とされる。

こうした現実に立ち向かう日本の新聞社特派員と現地のNPOのボランティアの女性が登場するのだが、最後まで「救い」はないどころか、映画は厳しく「我々」を告発する。

瀕死の状態で捨てられた少女は妹の名前をつぶやきつつ、ようやくふるさとの村にたどり着く。だが、そこには妹はもういない。彼女も牢獄のような小屋に寝かされ、亡くなった後は、その小屋とともに焼かれる。二人の女の子が健康で元気だったころ、水遊びをしていた光景がフラッシュバックされる。

映画館を出てきて、しばし感想を語る言葉も見つからなかった。


2008年10月04日 感想/映画編 トラックバック:0 コメント:0

「社会学部への招待」2009年度版

ゼミ生たちが製作した社会学部公式パンフレットです。表紙、1ページ目を載せてみました。全40ページの「力作」。私のゼミで作るようになって、3作目。「自画自賛」(といっても私自身はなにもしていない)ですが、なかなかよくできています。表紙>ブリッジ

2008年07月31日 感想/映画編 トラックバック:0 コメント:0

映画「歩いても 歩いても」

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これは、つまり「佳作」というやつですね。死んだ長男の命日に、次男一家(妻は夫と死別した女性で、男の子1人を連れて次男と再婚した)、長女一家(夫婦と子供男女1人づつ)が両親の家に集まる。長男は海でおぼれそうになった男を助けて、死んでしまった。長女の亭主は如才ないが、実はない。二人の父はつい最近廃業した町医者である。長男を亡くし、子供たちがいなくなった家で夫と2人暮らしの母親は、久しぶりに訪ねてくる子供たちのためにせっせと料理を作る。しかし、次男の子連れの再婚相手のことはどうやら快く思っていないらしい。

そんな設定でほぼ一日半ほどの時間が淡々と描かれる。事件らしい事件は何も起こらない。お昼ごはんに寿司を食べ、長女一家は帰宅し、長男夫婦と子供は泊まっていく。夕ご飯はうな重である。画家父と息子は打ち解けず、ぎくしゃくしている。

細部の描写は実にていねいである。見終わって、「家族」や「夫婦」、さらには人と人とのかかわりについて、じんわりと考えることになった。とはいえ、やはりいささか退屈になるのは否めない。

2008年07月25日 感想/映画編 トラックバック:0 コメント:0

いい映画はなかなかないなあ

最近、なんだか「いい映画」にめぐり合えない。といって、それほど見ているわけではないのだが……。

まず、『奇跡のシンフォニー』。「泣いた」とか「感動した」とか「音楽がすばらしかった」とかいう人がいて、それなりに期待していたが、まったく泣けなかったし、感動もしなかった。

次に『インディー・ジョーンズ クリスタルスカルの帝国』。途中で眠くなった困った。ハリソン・フォードが年をとったということより何より、娯楽作品としてのセンスが「古い」のである。

これはちょっと前だが、『マジックアワー』はそれなりにおもしろかった。三谷幸喜はたしかに才能がある。

まあ、「いい映画」はあるんだろうが、どうも「選択」がよくないのか。

2008年07月24日 感想/映画編 トラックバック:0 コメント:0

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